8th
【ベイエリアの洋館】
1991.6.13 ジャーナリスト

 もともとこの洋館は、外国からの要人の滞在用として建てられたものだった。
150年以上前の開港当時に、賑わいをみせた雑居地が近くにあったのだろう。ひと際目立つこの洋館は、この地域が外国の生活様式に影響を受けたことを、今でも僅かながら伝えている。

 欧風のデザインが強調された建物は、幾度かの改装を余儀なくされたにもかかわらず、当時の風格をそのまま残していた。
そんな高貴な佇まいを見せているこの洋館に、あろうことか、取材申し入れのベルを鳴らしていた。
 200坪はあろうかという南向きの庭が、分不相応な自分をより小さく見せているようだった。

 4年前の幼児失踪は、手掛かりも目撃情報も全くないまま、世間に忘れられていた。
 しかし、ここベイエリアで、またしても幼児が失踪していた。
失踪してから2ヵ月程は、大手新聞社の記者として取材を行っていたが、フリーになってからは、自分の足で情報を掴むことにも勤しんだ。

 幼児が失踪したと思しき地域を中心に、半径10キロを隈なく歩いて情報をあさった。
時には警察への取材から、思わぬ情報を得ることもあったが、フリーランスという自由な立場を十二分に発揮して、今では独自に二つの失踪について調査も行っている。
 このベイエリアへの出入りが多くなったのは、それが理由だった。

 1キロほど南に下れば、一帯は海に面していて、異人館をそのままレストランにしたものや、富裕層が所有する別荘も点在している。
この梅雨が明ければ、風は一気に南向きに変わり、この街に夏の到来を告げる。

 見上げれば、ミモザの向こうに、梅雨とは思えない青空が透けている。
ベルの返答は、堅牢な鉄の門扉の開錠によって代えられた。
 一人の女性が、ラタン製のガーデニングソファーに、静かに腰を掛けていた。

8th【ベイエリアの洋館】終

9th
【来訪者】1991.6.13 主治医

 幼児が失踪したと、このところ警察の訪問が相次いでいる。
 しかし、記者の訪問は初めてだった。
断ることもできただろうが、母親が招き入れたので、放っておいた。
モニター越しに、その来訪者をしばらくみていたが、思いのほか若い記者と認識しただけで、すぐに興味を失った。

 少女の症状について、一時間ほどカルテを読み返していたが、母親のノックで中断された。
先ほどの来訪者の話かと思えば、また少女と公園へ行きたいという相談だった。
 梅雨入りしたばかりの晴天は、長くは続かない。考えておくと、そっけない返事だけをしておいた。

 来訪者といえば、少女にも妹の存在があった。
“一緒に遊ぶ”ために妹が“来訪”するのだが、それが症状の改善になるか、あるいは悪化に繋がるのか、今は様子をみるしかなかった。
 そして、母親の外出の申し入れも増えてきた。妹の存在を気にしはじめているということだろう。
明らかに変わり始めた少女の習慣に、母親にも迷いが生じているようだった。

 母親が退室したので、何気に別のモニターで、玄関先の映像を呼び出し、20分前に戻して再生をしてみた。
 先ほどの記者が立っていた。
くたびれた黒っぽいジャケットに、一眼レフを携えている。

どこかで、会っただろうか?

9th【来訪者】終

10th
【疑惑】1991.7.15 少女

 同じ男が、また来ていた。
ネイビー・ジャケットの襟をたて、カメラのストラップを右手に巻き付けて立っていた。
庭先にある、ラタンのガーデンソファに腰をかけた母親と、いつも何か会話をしている。時折男は、自分の手帳に母親が話したことを書き留めているようだった。

 少女は、二階にある自室の窓から、その様子を見ていた。
出窓によじ登れば、庭を見下ろすことができた。
 いつも少女は、こうやって庭を見下ろして、妹のえりかが来るのを待っている。
今日もえりかが待ち遠しくて、庭を眺めて待っているところだった。

 何を話しているのだろうかと、少女はずっと気になっていた。
毎日のように来るその男に、どんな話があるというのか。
いつも右手に携えている重そうなカメラには、不似合いなアンティークの鍵がぶら下がっている。
それらが妙に、会話をする二人を無骨な情景にかえてしまっていた。

 母親の知人にはどうしても見えず、と言って、安全な人物にも思えない。
何か悪い話を持ち掛けているかもしれず、昨日来た警察の訪問と、何か関係があるのかも知れなかった。

 そしてその男は、いつも数分で帰ってゆくのだが、門扉を出る間際、必ず一度振り返る。
 その時だけは、男の顔がよく見えるのだ。
偶然、見上げた男と目があったように感じ、なぜか隠れるように頭を引込めていた。

 大きく深呼吸をひとつついて、少女は恐る恐る目の高さまで顔をだしてみたが、男の姿はもうなかった。
そのまま視線を先に延ばせば、オリーブの木立の間を、ちらちらと見え隠れする男の後ろ姿が、ゆっくりと遠のいていくところだった。
 見上げれば、空には厚い雲が広がりはじめていた。

 昼食が終わるころ、雨は降り出した。
少女の予想通り、午後の早い段階で雨になったが、蒸し暑さは予想外だった。
部屋の中まで、夏特有の雨の匂いが入り込んできた。
 少女は、食べ終えた昼食のトレーを傍らに押しのけ、書きかけの絵日記を引き寄せたが、独りきりの室内の静寂に、その気分も失せてしまった。

 えりかが来る時間は、まだまだ先だというのに。

10th【疑惑】終

11th
【雨】1991.7.15 ジャーナリスト

 1990年に大学を卒業して、すぐに全国紙の大手新聞社に入社した。
 大学の友人に誘われた手前、先のことは何も考えず、便乗するかたちで入社試験を受けたことが始まりだった。
記者になりたかったわけではなかったが、自分だけが入社にこぎつけることができ、就職浪人にならずに済んだ。
 気遣って友人に詫びをしてはみたが、その後の付き合いは、当然なくなった。

 写真には興味があった。
週二日のバイトの稼ぎを、中古の一眼レフカメラとレンズにつぎ込んだ。
ひとり出掛けては、ファインダーを覗くことに夢中になった学生時代を過ごした。
 入社した翌年の1991年は、バブルが終焉を迎えたようとしていた年だったが、景気後退のイメージは、まだまだ感じられないでいた。

 1月に始まった湾岸戦争の特報を組む中、自分は巷の幼児失踪事件の担当を命じられた。

 入社後は、雑記事の後始末をする日々を送って一年を浪費したが、やっと担当をもらったこの案件も、自宅からそう遠くないローカルエリアへの取材がメインだった。
入社後一年の成果は当然あがらず、新聞社に属することに不満を感じはじめ、間もなく辞めてしまうことになった。

 学生時代の寮母の紹介で移り住んだ、近くの安アパートに居座り続け、自室を事務所兼現像室にしてフリーランスの真似ごとをはじめた。

 新聞社で最後に担当した失踪事件について、単独で取材と調査を再開したのは、4年前に未解決のままになっている女児の失踪と酷似しているという、警察筋からの情報を得て分かったからだ。
 二つが、単に別々の事故としてではなく、関連性のある事件として真相を追ってみようと、初めてジャーナリストとしての意志が固まった思いだった。

 午後早くに降り出した雨は、まだ降り続いていた。
しかし、傘がいらないほどに弱まっていた。
駅前で手にした新聞でカメラをかばっても、濡れたジャケットは放っておいた。
 取材のために洋館を訪れるようになって、この公園に立ち寄るようになった。

 はじめて来たのは一ヵ月程前で、子どもたちが走り回る賑やかの午後の公園だった。楽しそうにはしゃぐ子どもたちに、思わずシャッターを切っていたのを覚えている。

いつの間にか自然に足が向くようになり、むしろ遠回りになるのだが、必ず公園を通り抜けて帰る。これといって、何かあるわけでもないが、束の間の気分転換には、いい公園だった。

 そして、今日もそうだった。
洋館の訪問のあと、数ヵ所調査を追加して少し遅くなってしまったが、いつものようにこの公園を抜け、駅へ向かって帰るつもりだった。

 ずっと、洋館のことが、気になっていた。
六月に入ってからは、毎日のように訪問した。何かを掴めるようで…、でも根拠はない。
 これまでは、そんな感覚だけを頼りに、めげずに訪問を続けた。

そしてようやく、一つの進展があったのだ。

 取材を始めた頃から、違和感はあった。
それは、他の民家にない豪奢さや敷地の規模の違いではない。
生活感というものが、全くと言えるほど感じないのだ。

 いつも面会する女性住人は、一見普通の女性で、洋館を所有するような、いわゆる富裕層には見えない。
“奥様”と呼んで否定しないその女性は、家庭の話を自らすることはなかった。

 数日前、白衣を着た小柄な男性が建物の中に入るのをみたが、彼女は、往診のドクターだと短く説明しただけだった。それは寝たきりか、動けない患者がこの洋館にいる、という証拠だと思っていた。

 しかし今日、分かった。
あの洋館には、女の子がいるということが。

 午後間もなく降り出した雨は、夜になっても蒸し暑く降り続いていた。
小雨が芝生に落ちる音が響く、暗がりの公園内へ歩みを進めた。
 洋館の二階の窓辺に見た少女のことを、思い出しながら。

11th【雨】終

12th
【失踪】
1991.7.15 少女

 長い髪の先から、打ちつける雨のしずくがしたたり落ちる。
気がつけばひとり、少女は雨の公園に立っていた。
 誰もいない広場には、暗い雨音がひっそりと響いている。

 少女の部屋で楽しく遊んでいた二人は、やがてえりかの癇癪(かんしゃく)が原因で、また喧嘩をしてしまった。
少女がなだめようとしたが、えりかは姉の話を何も聞かず、ついには部屋を飛び出していった。

 いつものことだと思い、少女は独りで本を読んで待つことにした。しかし数時間経っても、えりかが帰ってきた様子がなく、次第に心配になっていった。
 母親は、心配した素振りもなく、夕食を部屋まで運んできた。
えりかが帰ったかどうか、そっと聞いてみたが、冷めないうちに食べるよう促されただけで、返事はなかった。
 後ろ手に部屋のドアを閉める母親の背中を見送ったが、鍵をかける音が、今日に限っては聞こえなかった。

 食事は、朝晩問わず独りですませている。
 いつも食事は温かく、美味しいと思っている。残すことは、ほとんどなかった。
母親が運んでくる料理を、自室の小さなテーブルについて食べるのだが、彼女にとっては、それが普通であり、そういうものだと、思っている。
 しかし、今日の夕食は、進まなかった。食べる気が全くしなかったのである。

 夕食には手をつけず、ベッドに腰をかけた。妹が心配で、しばらくドアのほうを眺めていた。
そうしているうちに、ドアの鍵が掛けられる音がしなかったことが、気になり始めた。
壁の時計に目をやれば、午後8時になろうとしている。えりかが家をとび出してから、もう4時間が経とうとしている。

 母親が戻る様子はなかった。
少女は、お気に入りのくまのぬいぐるみを小脇に抱えると、そっとドアノブを回してみた。
その小さい手では、少し重たい真鍮製のノブが、やがてゆっくりと回りだした。
 少女は躊躇することなく、ドアを体で押し開け、一気に部屋を飛び出した。
階段を下りる途中で一度とまり、あたりの様子を見て玄関へと走った。広いリビングのお陰で、少女の気配は母親まで達することはなかった。

 今日も一緒に遊びにいくつもりだった、海の近くの公園。
途中で何度か振り返ったが、戻ろうとはしなかった。妹が心配で仕方がなかったからだ。
 きっと、妹はそこにいる。そして、自分を待っているはず。
見つけ出してほしいと、願っているはず!
 少女は疑うことなく、その公園を目指して走り続けた。

 すれ違う人や車もなく、強く降り出した雨が、少女の足音を消し、気配を隠してくれた。
遠くの雷鳴に驚き、覆いかぶさるような街路樹に心を折られそうになり、途中で何度か立ち止まった。
 しかしもう、来た道を振り返ろうとは、しなかった。

 道に迷いながらも、やっとの思いで公園の入口まで来た。
こどもの足では、ひどく遠かったに違いない。少女は肩で息をしていた。
跳ねた雨水が、少女の靴を汚している。

 ようやくここで一度振り返り、誰もいないことを確かめてから、そっと公園に踏み入った。
 一歩、二歩、静かに歩いた。足元は暗く、濡れた芝生が少女のくるぶしまでを見えなくしている。
三歩、四歩、脚が震えた。暗闇という恐怖に、一瞬の後悔。
五歩目からは、速足になった。妹を探す強い心が、再び戻ってきた。

 しばらく進むと、広場の脇にあるポールライトの明かりが目に入り、ふと立ちどまった。
弱く細い明りの柱が、雨の筋を斜めに照らし、辛うじてレンガ敷きの歩道に到達している。

 その中に、レインコート姿の男が、黒く浮かび上がった。

12th【失踪】終

13th
【写真】
1991.8.25 母親

 多くを語らない担当捜査官は、ある写真をそっと母親に見せた。
そこには、見覚えのある“くまのぬいぐるみ”が写されていた。
ただ一つ、違う部分があるとすれば、くまの顔から胸元にかけて、赤褐色の血が大量に付着していることだった。
 すぐに察した母親は、その場で泣き崩れた。少女の命が、既に消えていると悟ったのである。
 写真は、無情にも残酷な知らせとなってしまった。

それからは、両手で顔を覆い、少女の部屋のデスクでひとり泣く日々が続いた。
あの時、主治医に内緒で、少女の部屋の鍵を掛けなかったのは、彼女自身なのだ。

 それは、少女をこの洋館から“失踪”させるためだった。
 病状も回復しないまま、この先もずっと監禁が続くのかと思えば、あまりにも不憫でならなかった。
少女が、本当の自分を見出せないままでいることが、悲しくてならなかったのだ。
 このままここで、生き続けることは到底できない…。どうしても、この境遇から、解いてやりたい。
その思いは、母親としての娘への最後の罪滅ぼしのつもりだった。

 この一ヶ月の間、無事に“救護”されたという知らせを、主治医に悟られぬよう、秘かに待っていた。
 来るはずもない知らせを…。

 母親と主治医は、少女が失踪してからは、洋館内にしつらえた医務室にいることが多くなった。
そして、今日もそうだった。
 主治医は、無言で首を横に振った。捜査は難航し、まったく進展していないのだ。
 8月に入ってからは、同じやり取りが続いている。母親は憔悴し、うつろな視線は宙を舞っていた。
 少女が失踪してからも、主治医は週に一回程の頻度で、洋館に来ていた。
母親のケアが目的であるが、訪問の度に捜査の進展について話すようにはしていた。

 主治医は、少女が失踪する直前の症状について、アンカー柄のループタイを少し緩めながら、彼女に説明をし始めた。特に少女の精神状態と、生活環境の変化については、十分に時間をかけて説明をした。
彼女の精神状態も芳しくなかったからである。

 彼は、少女の失踪は「衝動制御障害」によるものと結論付けた。自己制御を失い、幻覚を見た少女が、自発的に逃亡を計り、事故に巻き込まれた可能性が極めて高いのだと。

 気休めにもならない主治医の話など、どうでもよかった。
 あの写真で見たぬいぐるみの姿が、どうしても少女に重なろうとする。いつも母親は、頭の中でそれを必死に払いのけようとした。 しかし、そうすればするほど、後悔が心に重くのしかかってくる。
そしてそれは、彼女の心身を蝕み始めていた。

13th【写真】終

このストーリーはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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STORY 8th 〜 13th